芝大神宮「だらだら祭り」の魅力とは?「不変」と「普遍」に込められた伝統への思い
夏の暑さもだんだん落ち着き、秋祭りの季節が到来しました。港区観光協会では、この秋に足を運びたいおすすめの秋祭りをピックアップ。第1弾の今回は、東京都港区芝大門に鎮座する芝大神宮にて、9月11日から21日までの11日間にわたって行われる「だらだら祭り」をご紹介します。この祭りは、江戸東京を代表する秋祭りとして昔から広く知られており、日本一期間が長いお祭りとも言われています。そんな長い歴史と伝統を受け継ぐ「だらだら祭り」について、芝大神宮の宮司である勝田博之さんにお話を伺いました。
「飯倉」から「芝」への移転とお伊勢参り
芝大神宮の宮司を務める勝田博之さん
――芝大神宮は一千年の歴史を持つ都内でも有数の神社です。まずは、芝大神宮の成り立ちからお伺いできますでしょうか。
「まず、東京タワーから少し下ったところに『飯倉(いいくら)』という地名がありますよね。なぜ飯倉という名前なのかというと、“ご飯の倉”と書くように、関東周辺から伊勢神宮、お伊勢様に献上するお米や野菜などがすべて集結する場所だったからです。千年ほど前からそういった拠点が整い、今でいうストックポイントのような役割を果たしていました。西暦1005年に創建された当宮の大元はそこにあると言われており、当時は『飯倉神明宮』と呼ばれていました」
「まず、東京タワーから少し下ったところに『飯倉(いいくら)』という地名がありますよね。なぜ飯倉という名前なのかというと、“ご飯の倉”と書くように、関東周辺から伊勢神宮、お伊勢様に献上するお米や野菜などがすべて集結する場所だったからです。千年ほど前からそういった拠点が整い、今でいうストックポイントのような役割を果たしていました。西暦1005年に創建された当宮の大元はそこにあると言われており、当時は『飯倉神明宮』と呼ばれていました」
江戸っ子たちに大人気だった芝神明
――そこから、なぜ現在の芝に遷ったのでしょうか。
「江戸時代に入り徳川幕府が開かれると、千代田区の紀尾井町から現在の芝公園に増上寺が遷ってきました。徳川幕府は方角を非常に気にしており、当時の飯倉神明宮の場所が増上寺に対して悪い方角になってしまうということで、幕府から現在の土地を用意され、遷座することになったのです。遷座は江戸時代の初期だったのですが、そこから『芝神明』と呼ばれるようになりました。この頃が最も繁栄した時代と言えるかもしれません」
――江戸時代に流行した伊勢神宮への参詣、いわゆる「伊勢参り」がきっかけだったとお伺いしました。
「はい。当時、中京や畿内にお住まいの方はお伊勢様へすぐに行けましたが、関東以北の人たちにとっては莫大な費用と時間がかかりました。江戸からでも往復で1ヵ月半ほどかかり、2~3人ほどで向かうとなれば、現在の価値で200万円ほどかかったとも言われています。そのため、誰もが簡単に行ける場所ではありませんでした。そこで、お伊勢様の御霊をお祀りしている芝神明が江戸にあるということで、伊勢参りの代わりとして芝神明へ参詣する人が増えたことが、当時の隆盛につながりました。ちなみに、『芝大神宮』という今の名前になったのは、明治時代に入ってからです」
「江戸時代に入り徳川幕府が開かれると、千代田区の紀尾井町から現在の芝公園に増上寺が遷ってきました。徳川幕府は方角を非常に気にしており、当時の飯倉神明宮の場所が増上寺に対して悪い方角になってしまうということで、幕府から現在の土地を用意され、遷座することになったのです。遷座は江戸時代の初期だったのですが、そこから『芝神明』と呼ばれるようになりました。この頃が最も繁栄した時代と言えるかもしれません」
――江戸時代に流行した伊勢神宮への参詣、いわゆる「伊勢参り」がきっかけだったとお伺いしました。
「はい。当時、中京や畿内にお住まいの方はお伊勢様へすぐに行けましたが、関東以北の人たちにとっては莫大な費用と時間がかかりました。江戸からでも往復で1ヵ月半ほどかかり、2~3人ほどで向かうとなれば、現在の価値で200万円ほどかかったとも言われています。そのため、誰もが簡単に行ける場所ではありませんでした。そこで、お伊勢様の御霊をお祀りしている芝神明が江戸にあるということで、伊勢参りの代わりとして芝神明へ参詣する人が増えたことが、当時の隆盛につながりました。ちなみに、『芝大神宮』という今の名前になったのは、明治時代に入ってからです」
祭りの由来と縁起物の「生姜」と「千木筥」
江戸時代から参拝者が多かった
――「だらだら祭り」が11日間という長い期間にわたって行われるようになったのも、江戸時代に参拝者が増えたことが要因だったそうですね。
「本来、芝大神宮の例祭は9月16日なのですが、参拝者が大勢押し寄せたため、当時の宮司、私の先祖が前後に5日ずつ延ばし、計11日間のお祭りにしました。祭りの期間が長いということに加え、9月の長月は雨が多くジメジメして、だらだらしている季節だということもあり、『だらだら祭り』という俗称が定着しました。しかし、江戸の人は粋ですから、『太い』という字に『良い』という字を当てて『太良太良まつり』と表記したんですね。『良いことが太く長く続く』という縁起の良い意味が込められているため、この時期に結婚式を挙げる方もたくさんいらっしゃいます」
「本来、芝大神宮の例祭は9月16日なのですが、参拝者が大勢押し寄せたため、当時の宮司、私の先祖が前後に5日ずつ延ばし、計11日間のお祭りにしました。祭りの期間が長いということに加え、9月の長月は雨が多くジメジメして、だらだらしている季節だということもあり、『だらだら祭り』という俗称が定着しました。しかし、江戸の人は粋ですから、『太い』という字に『良い』という字を当てて『太良太良まつり』と表記したんですね。『良いことが太く長く続く』という縁起の良い意味が込められているため、この時期に結婚式を挙げる方もたくさんいらっしゃいます」
古来より薬用や毒消しとしても重用されてきた生姜
――縁起物といえば、「御前生姜(ごぜんしょうが)」も有名です。「だらだら祭り」は、生姜が供えられ、境内や参道でも盛んに売られたため、「生姜祭」とも呼ばれます。芝大神宮と生姜のつながりについて教えてください。
「千年以上前、現在の東京タワーのあたりには谷中生姜がたくさん生えていました。その生姜をお伊勢様に送る荷物に挟んでいくと、お米や野菜の傷みが少なかった。そこから病災を除き、諸厄を祓い神明と結びつくということで、長寿を願う縁起物として生姜が授与されるようになりました。ちなみに、東京タワーがあの場所に建てられたのも、生姜が育つような清らかな土地から、清らかな電波を送りたいという創設者の前田久吉さんの思いがあったからだと言われています」
「千年以上前、現在の東京タワーのあたりには谷中生姜がたくさん生えていました。その生姜をお伊勢様に送る荷物に挟んでいくと、お米や野菜の傷みが少なかった。そこから病災を除き、諸厄を祓い神明と結びつくということで、長寿を願う縁起物として生姜が授与されるようになりました。ちなみに、東京タワーがあの場所に建てられたのも、生姜が育つような清らかな土地から、清らかな電波を送りたいという創設者の前田久吉さんの思いがあったからだと言われています」
千木筥おまもり(土鈴)も芝大神宮のオリジナル
――もう一つの縁起物である「千木筥(ちぎばこ)」についても教えてください。
「千木筥とは三段重ねの小箱で、主に女性の縁起物としてたいへん人気があります。社殿の屋根にある千木・鰹木(ちぎ・かつおぎ)にかけているのですが、『木』は着物の『着』でもあります。つまり、『千の着物』であり、衣装がたくさん貯まって、良いところへ嫁げる、玉の輿に乗れる、良縁を願う縁起物として知られるようになりました。また、箱の中には大豆が入っていて、振ると音が鳴ります。大豆は節分にも使われるように邪気を払う意味があり、変な男性が寄り付かないように、という願いも込められています」
「千木筥とは三段重ねの小箱で、主に女性の縁起物としてたいへん人気があります。社殿の屋根にある千木・鰹木(ちぎ・かつおぎ)にかけているのですが、『木』は着物の『着』でもあります。つまり、『千の着物』であり、衣装がたくさん貯まって、良いところへ嫁げる、玉の輿に乗れる、良縁を願う縁起物として知られるようになりました。また、箱の中には大豆が入っていて、振ると音が鳴ります。大豆は節分にも使われるように邪気を払う意味があり、変な男性が寄り付かないように、という願いも込められています」
江戸っ子にとって生姜と千木筥は9月の到来を告げるアイテムだった
――言葉遊びがとても粋ですね。歌舞伎役者の方も「千木筥」を持たれていたとお聞きしました。
「衣装が貯まるということは、役者にとって売れることを意味します。先代の中村勘三郎さんなどは、ご自身の一門の芸が磨かれて衣装が増えるようにと、たくさんお持ちになっていました。『だらだら祭り』の際には、皆さんが御前生姜と千木筥をお求めにいらっしゃいます」
「衣装が貯まるということは、役者にとって売れることを意味します。先代の中村勘三郎さんなどは、ご自身の一門の芸が磨かれて衣装が増えるようにと、たくさんお持ちになっていました。『だらだら祭り』の際には、皆さんが御前生姜と千木筥をお求めにいらっしゃいます」
時代と共に進化する祭りの形
宮司として60代目となる勝田さん
――昔から愛されてきた祭りであることがわかりますね。それも芝という土地だからこそなのでしょうか。
「芝の根底にあるのは伝統と文化です。当宮には、『芝』という地名について『志(こころざし)の波』と書いて『志波(しば)』としたという説が伝わっています。江戸時代には志のある職人が日本中から集まりました。それこそが伝統と文化です。そして今、芝は日本だけではなく、世界中から志が波のように押し寄せてくる場所となりました。来年には新しい世界貿易センタービルディングが開業する予定ですし、芝は伝統と文化を大事にしながら、さらなる発展を遂げる時期なのだと思います」
「芝の根底にあるのは伝統と文化です。当宮には、『芝』という地名について『志(こころざし)の波』と書いて『志波(しば)』としたという説が伝わっています。江戸時代には志のある職人が日本中から集まりました。それこそが伝統と文化です。そして今、芝は日本だけではなく、世界中から志が波のように押し寄せてくる場所となりました。来年には新しい世界貿易センタービルディングが開業する予定ですし、芝は伝統と文化を大事にしながら、さらなる発展を遂げる時期なのだと思います」
「不変」と「普遍」に守られてきた芝大神宮
――そうした中、勝田さんが「だらだら祭り」を守り続けていく上で大切にされている思いをお聞かせください。
「大切なキーワードは『不変』と『普遍』だと考えています。信念や信条といった変わってはいけない『不変』のものと、時代の流れによってあまねく取り入れていく『普遍』です。例えば11日間という祭りの期間は不変ですが、今は時代の変化に合わせて、殿内の神事は変わらず毎日行いつつ、町内のお神輿は土日や祝日に限定して出すようになりました。また、昔は町内に住んでいる人しかお神輿を担げませんでしたが、今は企業の方々も法人の奉賛会として力を貸してくれています。週の半分以上をこの芝で働いて過ごしているのですから、芝に住んでいるのと同じだと。そうやって時代に合わせることで、お神輿をはじめとした伝統を守り続けることができています」
――変わらないものを守るために、変わりゆく時代を受け入れているのですね。
「そうですね。そして、お神輿といえば、甘酒も有名です。江戸時代から、お祭りでは雨が降るとお神輿が出せないので雨を避けたい。そこから『雨避け(あまさけ)』が転じて『甘酒(あまざけ)』になったという粋な言葉遊びもあります」
「大切なキーワードは『不変』と『普遍』だと考えています。信念や信条といった変わってはいけない『不変』のものと、時代の流れによってあまねく取り入れていく『普遍』です。例えば11日間という祭りの期間は不変ですが、今は時代の変化に合わせて、殿内の神事は変わらず毎日行いつつ、町内のお神輿は土日や祝日に限定して出すようになりました。また、昔は町内に住んでいる人しかお神輿を担げませんでしたが、今は企業の方々も法人の奉賛会として力を貸してくれています。週の半分以上をこの芝で働いて過ごしているのですから、芝に住んでいるのと同じだと。そうやって時代に合わせることで、お神輿をはじめとした伝統を守り続けることができています」
――変わらないものを守るために、変わりゆく時代を受け入れているのですね。
「そうですね。そして、お神輿といえば、甘酒も有名です。江戸時代から、お祭りでは雨が降るとお神輿が出せないので雨を避けたい。そこから『雨避け(あまさけ)』が転じて『甘酒(あまざけ)』になったという粋な言葉遊びもあります」
17の町会が神輿を担ぐ氏子各町神輿連合渡御
――江戸っ子の粋な感性が至るところに散りばめられていますね。最後に、「だらだら祭り」を訪れる方へメッセージをお願いします。
「それぞれの方がご自身の感性で、この地に集まる『志の波』を感じ取っていただければと思います。9月20日の午後2時からは、氏子各町神輿連合渡御が大門通りから始まりますので、ぜひその活気を肌で感じていただきたいですね」
「それぞれの方がご自身の感性で、この地に集まる『志の波』を感じ取っていただければと思います。9月20日の午後2時からは、氏子各町神輿連合渡御が大門通りから始まりますので、ぜひその活気を肌で感じていただきたいですね」
【芝大神宮・だらだら祭り】
開催期間:令和8年9月11日(金)~21日(月)
9月16日(水)例祭 午前11時
9月20日(日)敬老祭 午前10時
9月20日(日)氏子各町神輿連合渡御 午後2時
https://www.shibadaijingu.com/matsuri/
開催期間:令和8年9月11日(金)~21日(月)
9月16日(水)例祭 午前11時
9月20日(日)敬老祭 午前10時
9月20日(日)氏子各町神輿連合渡御 午後2時
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